〔月のピラミッド〕の西側
西暦200年の巨大建築物以前の痕跡は、陶器の分析で判断されます。下の地図で、黒い破線で囲まれた六角形のあたりに、紀元前100年〜西暦100年に属する陶器の破片が、この谷で最も多く出土しています。そこが、テオティワカンの核だったと推測されます。となれば、巨大建築物のうち、最古の居住エリアに最も近いのは〔月のピラミッド〕です。
〔月のピラミッド〕Moon Pyramid
〔月のピラミッド〕とその南の〔月の広場〕。写真に写っていませんが、右下に、南に下っていく〔死者の通り〕があります。
まずは〔月のピラミッド〕を真上から見てみましょう。
↑on Google Map。
２つの部分に分けられます。青い線が本体で、赤い波線がアドサダAdosadaです。アドサダは、「正面玄関基壇」とでも表現すべきでしょうか。ピラミッド本体の前玄関のように、そこへ登ってから本体の頂上へ至る構造です。
全体の建築は8つの段階を経ています。
第1層…西暦100年…底面が23.5m四方。
第2層…西暦120年…東西方向が29.3mへ。
第3層…西暦175年…東西方向が31.3mへ。
第4層…西暦250年…底面が89m四方。
第5層…西暦300年…南北方向が104mへ。
第6層…西暦350年…底面が144m四方。
第7層…西暦400年…アドサダだけ少し増築。
第7A層…西暦450年…微々たる増築。
第1層から第3層までは、直前の層を覆うように若干の増築がなされます。第4層から、アドサダの北に新たに、突如、巨大建築が開始されます。最終的に、第1〜3層と、第４〜7A層が連結されました。
第4層が第3層に被さって建てられなかった理由は、おそらく、〔月の広場〕を狭くしたくなかったからでしょう。
程度の差はあれ、ほぼ50年ごとに増築されており、西暦350年の更新の後に、大きな変化がありません。約50年とは、宗教暦の１日目と太陽暦の1日目が再び重なる52年周期を意味しているのでしょう。後のメシーカ文化では、とても重要な時間の節目でした。ですから、第7層建築は、大幅増築する機会でした。テオティワカンは、西暦400年には、大量の建築資材と多大な労働力を〔月のピラミッド〕へ投入しなかった、あるいは、できなかった、と言えます。
生贄の墓室
ピラミッド本体に現代のトンネルを掘り進んだ考古学者の報告があります。墓室は5つ見つかりました。大雑把に言えば、どの墓室も概ね4×4×深さ2mです。発見箇所は、建造年代順に並べます。
第２墓室……第4層増築時の地面の、アドサダ寄り。
第６墓室……第4層全体の中央箇所。
第３墓室……第5層の地面の北端。
第５墓室……第6層増築開始時の、第5層の最上基壇。
第４墓室……第6層建築時のほぼ中央の地面。
通常、考古学の現場では、同じような遺物、建築物には連番をふります。発見順に呼称と番号を設定しておかないと、関係者同士の会話がうまく運ばないからです。よくあることなのですが、発掘初期に「神殿１」と命名したものより、新発見の「神殿３」が古かったと判明することがあります。でも、番号を入れて変えてしまうと、最新情報がすぐに知れ渡らない場合、会話が混乱します。
また、見取り図に「第１墓室」が載っていません。理由を述べている書物にまだ私は出会っていないのですが、想像をこねくることはできます。おそらく、当時の考古学者は〔月のピラミッド〕の中に王墓があるだろうとトンネルを掘り始めたはずです。王墓に相応しい呼称は「第１墓室」です。よって、王墓には見えない墓室なので、「第２」から番号をふり始めたのではないでしょうか。王墓は最初から存在しないのか、まだ見つかっていないだけのかは、わかりません。
５つの墓室の共通点として、手を縛られた人間複数、豪華な緑石の首飾りやフィギュア、黒曜石のナイフ、多種多様な動物たちが閉じ込められていました。副葬品は豪華です、が、後ろ手に縛られているという点で、戦争捕虜だった可能性が高まります。つまり、地元の自然死したエリートではなかった、と言えそうです。
最も気になるのが、第５墓室です。
１、ストロンチウム同位体検査は、3人ともマヤ出身を提示。
２、衣類から判断し、１名は高位者で、2名が殉葬者。
３、マヤ地域のモタグア川の翡翠の装飾品が副葬。
４、埋葬は西暦350年頃。
この高位者が戦争捕虜なら、テオティワカンとマヤ都市国家間の戦闘があったはずですが、それを刻んだ石碑は出土していません。殉葬者や副葬品から、かなり「静的に生贄埋葬」されたように見えます。うーむ、これには特別なドラマがあったように思えます。
都市設計軸の変更
ところで、第1層の23.5m四方の建築物の高さは不明ですが、見つかった基礎から測ると、正面が南北方向の南端が11.5度西に傾いていました。そして、第2層のそれは15.5度でした。この角度は、西暦550年に崩壊するまで、〔死者の通り〕のそれであり、都市全域の建築グリッドの軸でした。
考古学者たちは「4度の変化」の理由を探りました。結論は、西暦120年のテオティワカンの指導者たちが、〔死者の通り〕を北へ登る人に、〔月のピラミッド〕の向こうに〔セロ・ゴルド山〕を仰ぎ見させたかったから、でした。
西暦120年に、まだ〔太陽のピラミッド〕はありません。また。西暦200年に新築される〔城砦〕の前の段階である〔プレ城砦〕内部の建築物群の軸は11.5度や48度など複数ありました。
ここで第1層に戻ります。そもそも西暦100年の指導者たちが11.5度で第1層を建築したのは何故でしょうか。北極星を知らなかったはずはないので、そこからずらしたのには理由があったはずです。当時の磁北がそうだったかもしれない、ある日の金星の位置を考慮した可能性もある、何らかの儀式で得られた預言がその向きを示したのかもしれない——、わかりません。私の仮説は、〔ショチトル神殿〕に載せてあります。
〔月の広場〕
〔太陽のピラミッド〕の南側にあり、南北160m×東西150mです。東西に、それぞれ7つの神殿が建っています。中に祭壇が２つあり、〔月の広場〕の南辺は〔死者の通り〕とダイレクトに繋がっています。境目に壁がありませんので、アクセス制限度は低かった、と想像されます。
発掘見取り図には、〔月のピラミッド〕と〔月の広場〕のすぐ外側に、建築物の基礎が多数、描かれています。それらが何に利用されていたのかは報告書が見つかりません。見てみたくても、以下の写真のように、土盛りされており、伺えません。
〔月のピラミッド〕、14の神殿、2つの祭壇では、様々な祭祀が行われたはずです。〔月の広場〕は共有舞台あるいは観覧場だったのではないでしょうか。そして、祭祀には神が必要です。どんな神だったのか、建築物に刻まれていたり、壁画があれば判明するのですが、ありません。でも、ヒントがあります。
〔水の女神〕Water-Goddess＝チャルチウィトリクエChalchiuhtlicue
↑at 人類学博物館。
高さが3.19m、重量は16.3トンの安山岩の像です。スカートをまとっているので女性でしょう。スカートの下の縁の小さな丸いものは、翡翠のビーズを摸していると推測されています。見方によっては、小さな波のようでもあり、太い円形は〔トラロック神〕の微かな象徴でもあります。頭飾り中央の切れ込みは、メソアメリカでは二つの山の間の谷を表し、そこに集まる雨水でトウモロコシが育つと言われています。
水に関わる神として他に、〔トラロック神〕があります。〔トラロック神〕は「嵐」「雨」のイメージが強く、〔水の女神〕は水面を表すようです。
出土は1888年で、鉄道が仮設されて、メキシコシティーへ搬入されました。時代らしいと言えますが、どこに埋まっていたのかの明確な図面が残っていません。朧げで曖昧な手書き図から察すると、〔月の広場〕の西側の小ピラミッドの列の西の可能性が高い。下図の水色の丸のエリアだったようです。
〔月の広場〕西側です。左に〔羽毛の蝶の神殿〕が写っています。その北側の樹木の下が、〔水の女神〕の出土箇所でしょうか。そのあたりは現在立ち入り禁止で、土盛りされており、何も判別できません。
他に神像が出土していないこともあり、〔月のピラミッド〕の主神は〔水の女神〕ということになっています。
